執筆者紹介2014年1月
これまで舩井メールクラブでご執筆いただいた方々を紹介します。
2014年1月の執筆者
●執筆者名●
舩井 幸雄(ふない ゆきお) & 舩井 勝仁(ふない かつひと)
●舩井幸雄 プロフィール●
(本サイトの舩井幸雄のプロフィール参照)
●船井勝仁 プロフィール●
(株)船井本社 代表取締役社長。(株)にんげんクラブ 会長。1964年 大阪生まれ。1988年 (株)船井総合研究所 入社。1998年 同社 常務取締役。
同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。2008年 (株)船井本社 代表取締役社長就任。父・舩井幸雄の「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築くことが本来の自分の役割だ」という思いに共鳴して、持ち株会社である同社の代表取締役社長として父をサポートすることを決意した。著書には、『中堅・中小企業のためのIT化時代の「儲け」の決め手』(舩井幸雄らとの共著 2003年 ビジネス社)、『天律の時代が来た! 生き方の原理を変えよう』(2010年 徳間書店)、『いま明かされるコトダマの奥義』(2011年1月 新日本文芸協会)、『未来から考える新しい生き方』(2011年9月 海竜社)、『失敗から学ぶ』(2012年7月海竜社)、『未来から考える経営』(2012年10月 ザメディアジョン)などがある。2013年11月に『舩井幸雄が一番伝えたかったこと にんげんクラブからのメッセージ』(きれい・ねっと)を発売。最新刊に、はせくらみゆきさんとの共著『チェンジ・マネー』(2014年4月 きれい・ねっと)がある(ご購入はこちらから→ http://kilei.ocnk.net/product/186 )。
●執筆者名●
合気道 関道場 開設者
関 智太(せき ともひろ)さん
●プロフィール●
合気道 関道場( http://www.sekidojo.com/ )開設者
1974年三重県に生まれる。
高校時より合気道をはじめる。
国際武道大学卒業。
合気道をはじめ、さまざまな武道・格闘技を研究する。
大学卒業と同時に、合気道開祖の言う「武農一如」を経験するため、農業に従事し、自然の営みを学び、自然の「循環」に気付く。
2000年合気道関道場を開設。
2013年までに道場長として数多くの道場生の指導にあたる。
同時に30歳より合気道の極意である「合気」について武道の枠を超えて多方面より研究を開始する。
2011年名前を関太郎から関智太に改名。
2013年11月、合気道関道場を長年育てた弟子に譲り、心の羅針盤の指す方角へと歩む旅「探求の旅」を開始する。
関 智太 連絡先: taro1000pj@ezweb.ne.jp
●執筆者名●
株式会社ヒカルランド 代表取締役社長
石井 健資(いしい たけし)さん
●プロフィール●
株式会社ヒカルランド 代表取締役社長
上智大学新聞学科を卒業後、徳間書店にて、編集者歴30年。2010年、株式会社ヒカルランドを立ち上げ、出版活動継続中。日本にはトンデモない秘密が埋まっていると確信し、それを今の世に露わにするのことを目指す。
★ヒカルランドホームページ: http://www.hikaruland.co.jp/
●執筆者名●
名桜大学教授・国際EM技術研究所 所長
比嘉 照夫(ひが てるお)さん
●プロフィール●
名桜大学教授・国際EM技術研究所所長
1941年12月28日沖縄県生まれ。琉球大学農学部農学科卒業後、九州大学大学院農学研究科博士課程修了。1970年に琉球大学講師として勤務。1972年に同大学助教授。1982年に同大学教授。2007年には同大学名誉教授となり、同年4月より名桜大学教授及び国際EM技術研究所所長に就任。「EM」を研究開発し、EMは農業・畜産・環境・建設・工業利用・健康・医学などの幅広い分野で活用され、現在世界150ヵ国余に普及されている。また、「EM」は1997年1月発行の『現代用語の基礎知識』に「最新キーワード」として取り上げられ、学校はもとより多数の自治体で積極的な活用が進められている。主な著書は『シントロピー(蘇生)の法則』(2010年、地球環境共生ネットワーク)『新・地球を救う大変革』(2012年、サンマーク出版)など多数。
●執筆者名●
株式会社 風土 代表取締役会長
小山 政彦(こやま まさひこ)さん
●プロフィール●
株式会社風土 代表取締役会長
東京都墨田区押上出身。[家具工場を営む家に生まれる。]
開成中学校・開成高等学校を経て、1971年に早稲田大学理工学部数学科を卒業。数学者を志して早稲田大学大学院へ進学するも、実家の商店が火事で焼失。父・政雄が再起して始めたディスカウントストアを手伝うべく大学院を中退。以後、専務としてディスカウントコヤマの経営に携わる。
ディスカウントコヤマの売上を2.7億円から60億円にまで伸ばすなど、当時から経営コンサルタントとしての手腕を発揮するも、父との経営方針の違いなどから、1984年3月ディスカウントコヤマを退社する。
1984年6月、船井総合研究所へ入社。ディスカウントコヤマでの経験をベースとしたディスカウント的販促手法を駆使し、規模や業種を問わず多くの企業の経営支援で成果を上げた。当時の同社コンサルタントの売上が一人最大4000万円程度のところ、入社3年目には1億円の売上を上げ、7年目には年間3億円を稼ぐNo.1コンサルタントとなる。
活動の場をジュエリー業界に移してからは“宝石の小山”の異名をとる。またこの頃、消費者のモノの購買頻度とライフサイクルを数値化した「数理マーケティング」を編み出す。副社長を経て2000年、同社代表取締役社長に就任。社長就任後は船井グループ業績のV字回復、大証2部から東証1部への上場、20%以上あった離職率を7%にまで改善、賞与支給額日本一企業にするなど経営者としても手腕を振るい、同社の「第二創業期」を大きくリードした。2010年、代表取締役会長に就任。
ニューヨーク証券取引所への上場を目指すも、リーマンショックに始まる金融危機や世界同時不況により断念。自身の夢の実現のため、船井総合研究所会長からの退任を決意する。
2013年3月、船井総合研究所会長を退任。
同年3月に株式会社風土 代表取締役会長へ就任する。[顧問として様々な企業経営への参加、リーダーの育成を行うと共に]日本から世界に通用するブランドビジネスを誕生させることを現在の目標としている。
★株式会社 風土サイト: http://www.fudo-japan.co.jp/
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